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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)137号 判決 1978年5月17日

主文

一  被控訴人千葉県に対する本件控訴を棄却する。

二  被控訴人青野茂、同青野弘に対する控訴人らの控訴に基づき原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人青野茂、同青野弘は各自控訴人上野安子、同上野敏夫、同上野恵子に対し各金九九三万一、五八五円、控訴人上野太重郎に対し金三一〇万円、控訴人上野志満に対し金五〇万円および右各金員(但し、控訴人上野太重郎については内金一一〇万円)に対する昭和四八年六月二八日から右支払済みに至るまで年五分の金員を支払え。

(二)  控訴人らの被控訴人青野茂、同青野弘に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らと被控訴人千葉県との間に生じたものは控訴人らの負担とし、控訴人らと被控訴人青野茂、同青野弘との間に生じたものは二分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人青野茂、同青野弘の各連帯負担とする。

四  この判決は、控訴人ら勝訴の部分にかぎりかりに執行することができる。

事実

控訴人らは「原判決を次のとおり変更する。被控訴人らは、各自、控訴人上野安子に対し金二、六一九万五、五七三円、同上野敏夫、同上野恵子に対し各金二、四一九万五、五七三円、同上野太重郎に対し金一、〇四五万円、同上野志満に対し金二〇〇万円および右各金員(但し、控訴人上野太重郎については内金二九五万円)に対する昭和四八年六月二八日からその支払済みに至るまで年五分の金員を支払え、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴人らはいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に訂正、付加するほかは、原判決の事実摘示どおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決四枚目表四行目、同一〇枚目表一〇行目、同一一枚目表六行目、同裏三行目の「上野志波」とあるのを「上野志満」と改める。

2  原判決八枚目表二行目の「満六五歳」を「満七〇歳」と、同四行目の「半額」を「四分の三」と、同五行目の「あるから、」を「あるところ、そのうち」とそれぞれ改め、同七行目の「とおりとなり、」と「前同様に」との間に「毎年退職前の収入の半額の収入を得るものとして、」を加える。

3  当審における付加主張および認否

(控訴人らの付加主張)

一  本件道路の瑕疵について

(一) 道路の設置・管理の瑕疵とは、被控訴人千葉県も主張するとおり、道路が通常有すべき安全性を欠くことであり、その整備の程度は、道路の位置、環境、交通状況に応じ、一般の通行に支障を及ぼさない程度で足り、必ずしも、常に完全無欠のものであることは必要でない。

(二)1 ところで、問題は、本件道路の整備の程度が、道路の位置、環境、交通状況に応じ、一般の通行に支障を及ぼさない程度のものであつたかどうかということである。

2 本件道路は、近年人口が急増している松戸市と柏市の市街地の中を通つており、近時自動車の交通量が激増している道路であるのに、その有効幅員は、五・五メートルであつて二車線で狭く、しかも、人と自動車の双方の通行が予定されているから、自動車の通行の円滑もさることながら、歩行者の安全の確保については、特に配慮がされ、適切な措置が講ぜられなければならない。

3 このような本件道路の位置、環境、幅員、交通状況からして、本件道路の管理者たる被控訴人千葉県は、本件事故の数年前から歩行者の安全確保のために、歩車道を分離し、しかも、縁石を用いて車道よりも約二五センチメートル高くした歩道の設置に着手したが、本件道路付近の前後約二五〇メートルの間だけは、歩車道を分離せず歩道やガードレールを設けていない。しかも、この歩道のない部分は、それまでの歩行状態からすると、歩道の延長として、当然にそのまま歩行が予想されるものであるのに、これを未舗装のままに放置し、ために、雨が降るとぬかつた泥道になり、歩行は困難となつて、歩行者は、自動車との接触事故の危険にさらされつつも、やむなく、舗装部分たる車道に入り込んで歩行せざるをえないのであり、しかも、夜間時には極めて暗く、一層の危険を伴なうものであつた。

4 このような状況のもとにおいて、本件道路を、とくに前記のとおり未舗装のままに放置し、かつ、適切な照明設備をも設けていなかつたことについて、被控訴人千葉県は、道路法四二条一項の責務を尽くしておらず、また、道路について前述した設置、管理の責任を果したものとはいえない。

6 なお、付言するに、本件道路は、道路構造令(昭和四五年政令三二〇号)の適用を受けたいけれども、その構造や管理の問題においては、同令は重要な判断基準となりうるところ、本件道路は、本来、同令にいう都市部しかも平地部を通ずる四種道路に該当するところのものであり、同令五条四項の規定により二車線として幅員六・五メートル少なくとも六メートルという三種四級道路より広い幅員が要求され、かつ、同令一一条一項の規定により、都市部の道路として原則として歩道の設置を義務づけられているものであり、たとい前述のように同令の適用を受けないものであるとしても、右に述べた基準を前提として、被控訴人千葉県の道路設置、管理の瑕疵の有無を判断すべきである。

(被控訴人千葉県の認否)

(一)について争わない。(二)について、本件道路が歩車道の区別のない道路であつて、ガードレール等を設けていないことは認めるが、その余は争う。本件道路の機能その他について、道路として瑕疵のないことは、原審において主張したとおりである。〔証拠関係略〕

理由

一  当裁判所は、本件事故によつて控訴人らの被つた損害について、被控訴人青野茂、同青野弘両名において賠償責任があるが、被控訴人千葉県においては賠償責任がないと判断する。その理由は、次に付加、訂正するほかは、原判決が理由において説示するとおりである(原判決一七枚目裏八行目から二三枚目表一〇行目まで)から、これをここに引用する。

1  原判決二一枚目裏五行目、同九行目、同二二枚目表一〇、一一行目の「被告青野」をいずれも「被告青野弘」と訂正する。

2  原判決二三枚目表八行目と同九行目との間に、次の文言を付加する。

「本件道路の瑕疵についての当裁判所の判断は、右に述べたとおりであるが、控訴人らが、当審において特に主張をしているから、この点に関し次のとおり判断を加える。

道路の整備、管理等に当たつては、これを利用する人と自動車等の安全の見地から十分対策を講ずべきものであることは、当然であるけれども、本件道路が国道六号線の補完道路として活用され、自動車の往来も増大しつつあつたとしても、前記認定の諸事情のもとにおいては、本件事故当時、事故現場付近の部分において、いまだ歩車道を分離するにいたらず、かつ、夜間路上の照明設備を十分にしていなかつたからといつて、本件事故が被控訴人千葉県の道路管理上の過失を一因として生じたものと認定することはできない。

けだし、本件事故現場付近についていえば、歩車道を分離し、十分な夜間照明設備が設けられていることが交通安全対策上、極めて望ましいことはいうまでもない(なお、被控訴人千葉県は、その第三次五ケ年計画において、本件事故現場付近の道路に、歩道と車道とを区別することとしており、本件事故後に、昭和四八年度施工部分として同工事に着工したことは、前認定のとおりである。)が、本件事故は、もともと、被控訴人青野弘が飲酒のうえ、最高制限速度をはるかに超える速度で進行し、歩行者たる亡健次を発見しても減速しなかつたことが重大な原因となつて生じたものであり、交通事故原因のうち特に質のよくない飲酒運転およびスピード違反の二者が競合して生じたものであつて、道路の整備・管理の瑕疵による事故とは認めがたいものだからである。

もちろん、歩道と車道とが分離され、路肩の未舗装部分が舗装されておれば、あるいは、亡健次は、本件交通事故に遭わないですんだかも知れないが、ただそのことから、直ちに、被控訴人千葉県に道路管理上の過失があるとまですることはできない。また、国道六号線の補完道路としての本件道路の利用状況(とくに、本件事故当時の夜間一〇時頃には、自動車の交通量は少なかつた。)その他すでに認定した道路状況からみても、歩車道を分離しないままに、本件道路を利用に供したからといつて、被控訴人千葉県に、過失があるとまで断じがたい。」

二  そこで、控訴人らの被つた損害について判断を進める。

(一)  葬儀費

葬儀関係費用のうち本件事故による損害として加害者の負担すべき金額について、当裁判所は、金六〇万円が相当であると判断するが、その理由は、原判決の説示(原判決二三枚目表一二行目から同裏七行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。

(二)  亡上野健次のうべかりし利益

1  給与・賞与等の逸失利益

いずれも証人斉藤秀夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証、第八号証の一ないし三、第一七号証、第一八号証の一ないし三、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一九号証第二〇号証の各一ないし三、証人斉藤秀夫、同上野国夫の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

亡健次は、昭和六年三月八日生の男子であり、立命館大学法学部を卒業し、昭和三二年四月一日安田生命保険相互会社に入社し、事故当時同社の亀戸月掛支社副長をしていた。同人の死亡前の平均一ケ月の給与額は一六万二、二一二円、年間賞与は五・九一か月分九五万八、六七二円であり、同人の一年間の収入は二九〇万五、二一六円であつた。

ところで、亡健次は健康であつたから、本件事故にあわなければ、なお満五七歳の定年に達する昭和六三年まで一五年の間同社に勤務し、右以上の収入をあげることができた。昭和四三年から昭和四八年六月までは、同人の給与は毎年一割以上の昇給があつた。

亡健次は、事故当時、本給は四級職一四五号、職能級は四級職三号であつたが、本件事故に遭わなければ、昭和四九年四月に本給は四級職一五九号に、職能級は四級職四号に、それぞれ昇給することができるはずであつた。

そして、四級職は、昭和五〇年度以降副長職に相当することになつた。

それゆえ、亡健次は給与等の月収として、昭和四九年四月以降には、本給として金五万六、九七〇円職能給として金四万九、一〇〇円、付加給として金四万一、七〇〇円、役職手当として金四万一、五〇〇円、家族手当(妻、子二人)として金一万八、五〇〇円小計金二〇万七、七七〇円を、昭和五〇年四月以降には、本給として金六万〇、一五〇円、職能給として金五万二、六〇〇円、付加給として金六万〇、九〇〇円、役職手当として金四万七、〇〇〇円、家族手当として金二万二、五〇〇円、小計金二四万三、一五〇円を、昭和五一年四月以降には、本給として金六万三、二三〇円、職能給として金五万三、八〇〇円、付加給として金七万二、六〇〇円、役職手当として金一万九、〇〇〇円、勤務手当(Ⅰ)として金二万一、〇〇〇円、家族手当として金二万四、〇〇〇円小計金二五万三、六三〇円を得ることができたものと認めるのが相当であるが、昭和五二年度以降の分については、とくに証拠として提出されていないから、右と異なることがないと推認するよりほかはない。

この点と関連して、控訴人らは、亡健次の将来の給与の計算について、定期昇給およびベースアツプを含めて毎年一割の昇給を見込むべきであると主張するけれども、昭和四三年から昭和四九年四月まで毎年一割以上昇給したことは認められるけれども、昭和五〇年四月にはベースアツプは前年度に比し割合が相当減じており、かつ、最近の経済状勢にかんがみると、従前のような割合による昇給のベースアツプが行なわれることが疑わしく、これを認めることはできないというべきである。もつとも、昇給については、定期昇給として、一定年度ごとに行なわれるのではないかとも思われるけれども、その時期など、いまだ算定に当たり考慮するに足りるほど確実なものについて心証を得るには至らない。結局、本件訴訟によつて証拠上立証された限度すなわち、本給については四級職(副長職)一五九号、職能給については四級職四号を前提とし、昭和五一年四月までの分をしんしやくして、亡健次が安田生命保険相互会社から得られる収入を基準として算出するよりほかはない。

そして、年間賞与は、五・九一か月分として計算する。なお、昭和六三年三月に五七歳で定年となるので、同年三月以降昭和七一年二月の六五歳までは、月収額は従前の約三分の二の金員である金一七万円として計算するのが相当である。

これを前提として、本件事故当時における現価をライプニツツ式計算表(長期の将来のことであるからホフマン式計算表によるより合理的であると考えられる。)により年五分の中間利息を控除して本件事故当時における現価を計算すると、別表(一)のとおり、総額五、二一一万八、七五七円となる。

ところで、右収入をあげるについては、それぞれその収入の三割の生活費を要すると考えられるから、これを控除することとする。

そうすると、純収入としては金三、六四八万三、一二九円となる。

2  退職金の減収による逸失利益

亡健次が本件事故に遭わなければ満五七歳の定年にいたるまで三〇年一〇か月勤務したであろうことは、すでに認定した事実から認められるところであるが、前出甲第八号証の三によると、安田生命保険相互会社には内勤員退職金規程があり、これによると、退職一時金は、退職時または死亡時の本給および職能給の合計額(以下「基準給与」という。)に、勤務年数に応じた所定の係数(甲第八号証の三の別表1の係数)を乗じて得た金額によると定められている。

ところで、本件では、この基準給与は、結局、亡健次の将来の給与の算定に当つてしたと同様に、本件で立証された昭和五一年四月時の四級職(副長職)一五九号、職能級四級職四号に該当するものとして、退職金等を算出するのが合理的であると考えるから、これに基づいて算出することとすると(別表(二)参照)、次のとおり算定される。

(1) 退職一時金六〇一万五、三四二円

この金額の事故時の現価は、ライプニツツ式により二八九万三、三七九円となる。

(2) 退職確定年金 昭和六三年から同七〇年までの間毎年六〇万一、五三四円

この金額の事故時の現価(年毎にライプニツツ式により計算)は、金一九六万三、六四七円となる。

(3) 退職終身年金 昭和七一年分三〇万円

昭和七二年分以降は、すべて生活費として費消されると考えられるので、これ以降の年金は計算に入れない。

その事故時の現価を前記方式により求めると金九万七、六五〇円となる。

(4) 以上を合計すると、金四九五万四、六七六円となる。

3  右1、2を合算すると、金四、一四三万七、八〇五円となる。

右金額から控訴人らが自認する亡健次が安田生命から受領した昭和四八年期末分賞与九万二、九五五円、退職一時金二〇三万三、三九八円、退職確定年金一〇一万六、六九五円、合計三一四万三、〇四八円を控除した金三、八二九万四、七五七円が亡健次のうべかりし利益の喪失による損害の現価となる。

(三)  慰藉料および(四)過失相殺についての当裁判所の判断は、この点についての原審の判断(原判決二七枚目表四行目から同裏六行目まで)と同一であるから、これをここに引用する(但し、原判決二七枚目表末行の「志波」とあるのを「志満」と改める。)。

(五)  亡健次の損害は、得べかりし利益の喪失金三、八二九万四、七五七円、慰藉料金二〇〇万円、合計金四、〇二九万四、七五七円となるところ、同人の死亡により、控訴人らの身分関係からして、控訴人上野安子、同上野敏夫、同上野恵子は、各三分の一の金一、三四三万一、五八五円ずつを相続したことは明らかである。

そうすると、右控訴人ら三名の損害賠償債権額は、固有の慰藉料金一五〇万円と合算して、各金一、四九三万一、五八五円となる。ところで、右控訴人ら三名は、強制保険から五〇〇万円、任意保険から金一、〇〇〇万円を受領しこれを各金五〇〇万円ずつ、損害賠償債権額に内入れしたものとして控除するので、控訴後の金額は、各金九九三万一、五八五円となる。

また、控訴人上野太重郎の賠償債権額は合計金一一〇万円、控訴人上野志満のそれは金五〇万円である。

したがつて、控訴人らの請求認容額の合計は、弁護士費用を除き、合計金三、一三九万四、七五六円となる。

(六)  弁護士費用

証人上野国夫の証言によると、弁護士費用のうち金五〇万円が着手金として控訴人上野太重郎から既に支払われていること

なお、同控訴人は、爾余の報酬として勝訴額の一割に当る金額を支払う約定になつていることが認められる。しかし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、右認容額の約六分強に当たる金二〇〇万円とするのが相当である。

三  右のとおりである以上、控訴人らの本訴請求は、被控訴人青野茂、同青野弘両名に対し各自(連帯して)、控訴人上野安子、同上野敏夫、同上野恵子において、各金九九三万一、五八五円、控訴人上野太重郎において金三一〇万円、同上野志満において金五〇万円およびこれら(但し、控訴人上野太重郎の弁護士費用分金二〇〇万円を除く。)に対する本件事故の日の翌日である昭和四八年六月二八日から右各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきものであるが、これをこえる部分は失当として棄却すべく、また、被控訴人千葉県に対する請求は理由がないからこれを棄却すべきものであるところ、原審の判断は、右と異なる部分があるから、これを主文二項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、九六条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 奈良次郎 中川幹郎)

別表(一)

<省略>

別表(二)

1 退職一時金

基準給与

63,230+53,800=117,030(円) (規程4条、5条)

117,030×(47.2+4.2)=6,015,342(円)

上記金額の本件事故当時における現価

6,015,342×0.4810<1>=2,893,379(円)

<1>15年のライプニツツ式係数

2 退職確定年金

6,015,342×0.1=601,534(円) (規程11条、12条)

63年から70年までの各計算

601,534×(13.1630-9.8986<2>)=1,963,647(円)

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